背伸びをやめた日から、子どもの表情が変わった——11月の疲れに寄り添う教育のヒント

 

 

 

 

背伸びをやめた日から、子どもの表情が変わった——11月の疲れに寄り添う教育のヒント

| 子育て・教育 | 執筆:現役中学校教頭・公認心理師

 

11月は「心の背伸び疲れ」が出やすい時期。文部科学省の調査でも、この季節は子どものストレスが高まりやすいことが指摘されています。教師として30年以上、子どもたちと向き合ってきた経験から、保護者の方々、そして先生方へ、今すぐできる「寄り添い方」をお伝えします。

「また今日も宿題やってない…」ある家庭の11月

夕食後、リビングのテーブルに広げられたままのランドセル。中から出てきたのは、白紙のままの漢字ドリルと、折れ曲がったプリントの束でした。

「どうして毎日言ってるのにできないの?」

そう問い詰めたとき、小学4年生のAさんは何も答えず、ただ俯いていました。母親である彼女は、自分の声が少し震えていることに気づきました。怒りではなく、焦りでした。「このままでは、この子は…」そんな不安が、日に日に大きくなっていったのです。

11月。運動会や学習発表会といった大きな行事が終わり、一息つける時期のはずなのに、なぜか教室の空気が重たく感じられる——。そんな経験をされた先生は少なくないでしょう。保護者の方も、我が子の表情が曇りがちになるのを感じているかもしれません。

文科省調査が示す「11月のストレス増加」

実は、文部科学省の調査でも、この時期は子どもたちのストレスが高まりやすいことが指摘されています。春から積み重ねてきた緊張、期待に応えようとする努力、そして「できるはず」と自分に課してきた「心の背伸び」。その疲れが、ちょうど今頃、じわじわと表れてくるのです。

私は30年以上、教師として、そして現在は教頭として子どもたちと向き合ってきました。この時期になると、必ずと言っていいほど、教室に「変化」が現れます。

以前なら素直に取り組んでいた子が、課題に手をつけられなくなる。明るかった子の笑顔が少なくなる。遅刻や保健室への来室が増える。これらは決して「やる気がない」「怠けている」わけではありません。心が疲れているサインなのです。

「頑張れ」という言葉が、時として重荷になる

私たち大人は、子どもたちの可能性を信じています。だからこそ「もっとできるはず」「頑張れば変われる」と、励ましの言葉をかけます。それは決して間違いではありません。

けれども、その言葉を受け取る子どもの心が、すでにいっぱいいっぱいだったとしたら——。

教室で、ある生徒が授業中にぼんやりしていました。「集中しなさい」と注意すると、一瞬だけ姿勢を正しますが、またすぐに視線が宙をさまよいます。そんなとき、私たちはつい「やる気がない」と捉えてしまいがちです。でも、もしかしたらその子は、すでに精一杯背伸びをして、もう一歩も伸びる余力が残っていないのかもしれません。

心理学者のアルフレッド・アドラーは、人間の行動の根底には「所属感」への欲求があると説きました。子どもたちは、親や教師から認められたい、期待に応えたいと願っています。だからこそ、無理をしてでも頑張ろうとする。けれども、その頑張りが自分のキャパシティを超えたとき、心は音を立てずに疲弊していくのです。

「今日の自分」を受け入れる勇気

冒頭の母親は、ある日、息子の漢字ドリルを一緒に眺めながら、こう言いました。

「今日は、一文字だけでもいいよ」

息子は驚いたように顔を上げました。いつもなら「全部やりなさい」と言われていたからです。

「ママも疲れてる日は、お皿洗い、明日に回しちゃうことあるんだ。だから、あなたも疲れてる日は、無理しなくていいよ」

そう言うと、息子は小さく頷いて、一文字だけ書きました。翌日は三文字、その次の日は五文字。ページは埋まっていないけれど、彼の顔には少しずつ、穏やかな表情が戻ってきました。

教室でも、同じことが起こります。「今日はここまででいい」「あなたなりのペースでいい」と伝えたとき、子どもたちの肩の力がふっと抜ける瞬間があります。そして不思議なことに、その”ゆとり”が生まれたときこそ、子どもたちは再び自分から動き出すのです。

背伸びをやめることは、諦めることではありません。むしろ、自分の今の状態を正直に受け入れる勇気なのです。

明日からできる、小さな実践

  • 「できなかったこと」ではなく「今日できたこと」に目を向ける
    宿題が全部終わらなくても、「ここまでやったんだね」と認めてみましょう。
  • 「ちゃんと聞いていたね」と、プロセスを認める
    授業で発表できなくても、参加していることそのものを評価してみてください。
  • 私たち自身も「今日の自分にちょうどいい歩幅」を探す
    完璧な親、完璧な教師であろうとする背伸びを、少しだけ緩めてみませんか。
  • 「疲れているんだな」と、そっと認めてあげる
    子どもたちは、大人が思っている以上に、私たちの心の状態を感じ取っています。

私たち自身が自分を許すとき

保護者の方なら、完璧な親であろうとする背伸びを少しだけ緩めてみる。教師なら、すべての子どもを一度に救おうとする理想から、一歩だけ降りてみる。

子どもたちは、大人が思っている以上に、私たちの心の状態を感じ取っています。私たち自身が自分を許すとき、子どもたちもまた、自分を許せるようになるのです。

公認心理師として、また30年以上教育現場で子どもたちと向き合ってきた経験から言えることがあります。それは、「完璧である必要はない」ということです。むしろ、大人が自分の弱さや疲れを認める姿を見せることで、子どもたちは「人間らしさ」を学んでいきます。

11月の空は、どこか物思わせる色をしています。
この季節の疲れを、無理に振り払う必要はありません。

「ああ、疲れているんだな」と、そっと認めてあげてください。

そして、明日は、昨日よりほんの少しだけ軽やかに。
今日の自分にちょうどいい歩幅で、ゆっくりと歩いていきましょう。

その歩みの先に、きっと子どもたちの笑顔が待っています。

執筆者プロフィール
現役中学校教頭。30年以上の教育現場経験を持ち、主幹教諭を経て現職。公認心理師、認定専門公認心理師、臨床発達心理士、学校心理士の資格を持ち、アドラー心理学に基づく教育実践を行う。
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