自己紹介
ご訪問ありがとうございます。私は、子どもたちや保護者と、子育ての難しさについてともに悩み、数十年間そこそこ関わってきました。同年代の教職員75%ほどがすでに早期退職している中、数十年間教員を続けられたことは唯一の誇りかもしれません。
学校の先生たちも今の学校には耐えられない
私と同年代の教職員の半数以上は、すでに退職しています。家庭の都合、転職、心身の病、など多くの退職理由は、本人の本意ではありませんでした。もちろん、原因が本人にあった場合もありますが、職場の仲間に恵まれなかったり、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントを受けたり、巡り合わせが悪かったりし、それを解消する手段が見つからなかったことにも原因はあります。ある研究に寄れば、学校は非常に原始的な組織で、世界でもトップクラスの硬直化が見られ、改善や変化を非常に嫌うという結果が出ています。その結果、力となり得る教職員が退職し、即、現場で混乱が生じました。そして教育技術に長けたベテランを数多く輩出できない事態になっているのです。さらに次世代に向けた若手育成の機会も喪失され、今後数十年間大きな影響を残すことになります。
学校の「不都合な真実」が、「学校に行きたくない」を増やしている
現在、中堅教職員の人数がどの自治体でも不足しています。教職員の半数以上は、「教員経験15年未満」の教員です。短大卒20歳で就職したら45年間働ける職場で、15年未満の経験者が半数以上というアンバランスさなのです。その中には、非正規の教職員も3割ほどはいっています。若手は伸びる方向性を見失い、教育技術の真意を教わることもないまま前例踏襲。顕著な例が「ブラック校則」の問題です。下着の色の指定は、その運用方法がめちゃくちゃなので、一方的に問題視されています。かつて、ブラウスに派手な下着が透けている女子が闊歩している時代がありました。男性教師は面と向かって指導しにくいものです。そこで予め文字にしておいて家庭でも指導してもらうようにしたのです。服をめくって指導するような報道に出てくる教師は、その意味が何もわかっていないのです。めくる必要は、全くないのですから。
理念のないところに成長なし
こうした教育技術の喪失、教育活動の形骸化は、全国至る所で起こっています。児童・生徒も教職員も、なぜこうした教育活動を学校でやっているのか、理由もわからないままにやっているのです。だから、生徒に無理矢理守らせればそれで良いという教職員が出てきてしまうのです。
学校に行きたくないのも正しい感覚
こうした教育崩壊に歯止めをかけ、日本の教育環境をよくしていきたいとの思いから、このサイトを立ち上げました。日本の教育は、欧米と比較してかなり遅れていると言われています。画一的である、自主性が蔑ろ、貧富の格差が顕著、など。しかし、海外の教育全体を見て言っているのでしょうか。海外派遣で、研究指定校しか見学しなければ、その実態は分かりません。
先生たちも悩んでる
そんな中、私の関わってきた先生たちは、自分の時間を犠牲にし、授業改善の方法や視点に悩んだり、子どもたちの支え方に迷ったりして頑張っていました。少し前 #教師のバトン というTwitterのハッシュタグが話題になりました。その中に出てくる「先生」と名乗っている人たちの発言は、とても興味深い物でいっぱいです。先生たちも玉石混合ですから、上司や保護者の本意がわからず意味不明な不満をツイートする先生やそれに便乗する先生、その気持ちを理解した上で諭す先生、「いいね」だけで応える先生、よくわからず反論して泥沼にはまっていく先生など。元々一回の発言字数が限られているし、目の前に子どもがいないので、どの答えが最適かなんてそこで発言している先生の誰も分からない。誤解による言い争いも、よく目にしています。
保護者も悩んでる
保護者も悩んでいる人が多かった。現代は、多くの保護者が仕事を持っています。個人情報の保護のため、連絡網もなく子どもの友達の保護者への連絡手段は、子どものスマートフォンのみ、という家庭も少なくありません。それぞれ孤独で心から相談できる相手はいないのが多くの場合です。そこで学校への問い合わせが激増しています。教職員も、カウンセリングマインドをもって子どもたちに接してはいますが、残念ながらほとんどの教職員はカウンセラーの訓練をしていませんから、保護者の悩みをすべて引き受けることは、仕事としても、能力としても不可能です。ただ、子どもたちの心の安定のために保護者の様子をアセスメントすることも大切です。保護者の子育てに関する悩みを軽減したり、自己解決してもらうことで、子どもたちのよりよい成長に繋がるからです。ただ、保護者が学校で見せる顔はごく一部ですから、教職員がアセスメントをして心の中の魑魅魍魎に切り込んで行くには、人生の経験が必要になります。これは、若い先生にはかなり厳しいです。
子どもたちも悩んでる
子どもも悩んでいます。学校で活躍できる指標が揺らいでいるからです。今、子どもたちがあてている多くの時間は、授業・遊び・塾。授業は、観点別評価・評定という、誰に聞いても正解のわからない付け方で「評価」されます。本来は児童・生徒を伸ばすための評価のはずですが、現実には常に採点していないとカリキュラムが終わりませんから、常に採点です。遊びは、ほとんどゲームで、個人での遊びです。塾は夜10時など遅くまで勉強しています。家庭で保護者と接する時間は、あまりありません。
やっぱり「学校に行きたくない」は正しい感覚
こんな混乱期なので、子どもが「学校に行きたくない」という感覚を抱くことは、トラブルを避けたい人間の本能から考えるとごく自然なことです。もともと自然界で何億年も弱い哺乳類として生き抜いてきた「人間」は、肉食動物から身を守るために危険な臭いに敏感な本能を持っているのです。危険を避けるために不快な物から遠ざかる本能は、ごく自然なことで、これは大人も子どもも共通です。こう考えると、「学校に行きたくない」という思いを抱くことはごく自然なことだということが分かると思います。大切なのは、なぜ「学校に行きたくない」と思うのか、感情は感情としてその辺に置いておいて、具体的な原因を生育歴も含めて探り、対処していくことだと思います。
こんなふうに、「こんな見方もあるよ」という情報発信をし、教職員や保護者が子どもたちに対する見方に多様性を加えると、世の中全体が過ごしやすくなると思っています。「子どもたちを伸ばしたい」というのは、プラス表現で指導している人も、クレームというマイナス表現を使う人も、殆どの大人が思っていることです。その意思疎通がスムーズに行くことが大きな力になると思うのです。
「学校に行きたくない」は、子どもが言っても、先生が言っても、保護者が言っても、正しい感覚。
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