不登校児童生徒の出席扱い・成績評価制度

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不登校だからこそ出席に

  1. 不登校児童生徒の出席扱い・成績評価制度 ——学習観・評価観パラダイムシフトの理論的分析——
    1. 要旨
  2. 第一章 政策的意義の分析
    1. 1-1 従来パラダイムの構造的問題
    2. 1-2 本制度が示すパラダイムシフトの三次元
    3. 1-3 教育基本法・学校教育法との整合性
  3. 第二章 学習観・評価観の転換
    1. 2-1 真正の評価(Authentic Assessment)との接続
    2. 2-2 観点別評価における「学びの文脈」の再定義
    3. 2-3 学習の「脱文脈化」から「再文脈化」へ
  4. 第三章 心理学的価値の分析
    1. 3-1 自己決定理論(SDT)との接続
    2. 3-2 認知行動的枠組みからの分析
    3. 3-3 心理的安全性と自己効力感
  5. 第四章 学習科学的観点
    1. 4-1 Zimmermanの自己調整学習モデルとの対応
    2. 4-2 メタ認知の育成的価値
    3. 4-3 「個別最適な学び」との政策的連続性
  6. 第五章 教育実践への転換可能性
    1. 5-1 現場で起こりうる三つの機能不全パターン
      1. パターン1:形骸化(手続き化)
      2. パターン2:名目化(関係の形骸化)
      3. パターン3:丸投げ(責任の外部化)
    2. 5-2 制度を機能させる組織条件
    3. 5-3 管理職の意思決定ポイント(チェックリスト)
  7. 第六章 リスクと誤用の分析
    1. 6-1 長期不登校固定化リスク
    2. 6-2 「出席扱いのための活動」への矮小化リスク
    3. 6-3 責任の所在の曖昧化リスク
  8. 第七章 理論的実践事例
    1. 事例A:教育支援センター×Web教材×観点別評価(中学2年生)
    2. 事例B:授業配信×1人1台端末×オンライン参加(小学5年生)
    3. 事例C:民間フリースクール×活動報告×段階的復帰計画(中学3年生)
  9. 第八章 NotebookLM動画用設計
    1. 8-1 教員にとって見落とされやすい盲点
    2. 8-2 現場の誤解(5例)
    3. 8-3 視聴者の認知を揺さぶる問い
    4. 8-4 動画後半で扱うべき実践の焦点
  10. 参考文献
    1. 関連

不登校児童生徒の出席扱い・成績評価制度
——学習観・評価観パラダイムシフトの理論的分析——

対象:教員・教員志望者・教育管理職・学校心理専門家
シリーズ:NotebookLM動画解説シリーズ 学習指導要領ラボ
元資料:文部科学省リーフレット「不登校児童生徒の出席扱い・成績評価について」(2026年4月改訂版)


要旨

本稿は、文部科学省が義務教育段階の不登校児童生徒を対象として整備した「出席扱い・成績評価制度」(以下、「本制度」)を元資料として、教育政策・学校心理学・学習科学・動機づけ理論・自己調整学習論・社会的包摂論の六領域を横断的に統合した大学院水準の政策分析を行う。分析の中心的問いは、「本制度は単なる出欠管理の手続き的修正にとどまるか、それとも学校教育の学習観・評価観そのものの構造的転換を内包するか」である。

考察の結果、本制度はDeci & Ryan(2000)の自己決定理論が示す三つの心理的基本欲求(自律性・有能感・関係性)の充足に資する可能性を有し、Zimmerman(2002)の自己調整学習モデルとも整合する。同時に、Bandura(1997)の自己効力感論やBlack & Wiliam(1998)の形成的評価論との接続により、学校外学習の「真正の評価」としての位置づけも可能となる。一方、制度の形骸化・長期不登校固定化・責任の所在の曖昧化という三大リスクも同定し、制度を機能させる組織条件と管理職の意思決定要件を論じる。最後に、理論に根拠を持つ実践事例三例を提示し、視聴者の認知再構成を促す問いと実践焦点を示す。

キーワード:不登校、出席扱い、自己決定理論、自己調整学習、形成的評価、インクルーシブ教育、ICT活用学習、心理的安全性、認知再構成


第一章 政策的意義の分析

「出席=登校」前提の転換とパラダイムシフトの位置づけ

1-1 従来パラダイムの構造的問題

日本の学校教育制度は長らく「出席=物理的登校」を自明の前提としてきた。1992年の文部省通知(学校不適応対策調査研究協力者会議報告)は不登校を「学校嫌い」から「心の問題」へと概念化したが、出欠記録の仕組み自体は物理的登校に依拠したままであった(文部省, 1992; 保坂亨, 2000)。この構造のもとでは、学校外で主体的な学びを継続している児童生徒の努力が指導要録上まったく可視化されないという制度的不整合が生じ続けていた。

文部科学省の調査(2023年度)では、小中学校における不登校児童生徒数は約34万人に達し、10年連続で増加している(文部科学省, 2024a)。この現実は、「登校回復」を最終目標とする単一的支援パラダイムの限界を示すものである。OECDが提唱するLearning Compass 2030は、「ウェルビーイング」と「エージェンシー」を中核に据え、学習の場の多様性を所与とした教育観を打ち出しており(OECD, 2019)、本制度はその国内政策化の一端として位置づけられる。

1-2 本制度が示すパラダイムシフトの三次元

転換の次元 従来パラダイム(旧) 本制度が示す新パラダイム
学習の場 学校=唯一の学習空間 多様な場(自宅・民間・支援センター等)を公認
出席の定義 物理的登校の有無 学習活動の質・量・連携体制の充足
評価の客体 学校管理下の学習成果 学校外学習を含む総合的学習状況
教員の役割 知識の伝達者・出欠管理者 学習の設計者・連携コーディネーター
保護者との関係 通告対象・協力要請 制度運用の共同設計者・連携主体

1-3 教育基本法・学校教育法との整合性

本制度は教育基本法第4条(教育の機会均等)および同法第3条(生涯学習の理念)と原理的に整合する。特に注目すべきは、校長が教育委員会と連携のうえ民間施設の「適切性」を判断する権限を与えられている点である。これは学校管理職に対して、「制度の執行者」ではなく「教育的判断の主体者」としての役割を明示的に付与するものであり、学校自律性(school autonomy)の拡張という政策的含意を持つ(志水宏吉・鈴木勇, 2012)。

【政策分析上の要点】
本制度の最大の政策的新奇性は、学習の「場」の多様化を認めるのみならず、その多様な学習を公的な「出席」として承認する評価制度の再構成にある。これは「登校=学習」という前提の解体であり、学校教育法上の「出席義務」概念に対する実質的な再定義を意味する。


第二章 学習観・評価観の転換

ICT活用・学校外学習の評価承認が持つ教育的意味

2-1 真正の評価(Authentic Assessment)との接続

Wiggins & McTighe(2005)が提唱する「理解による設計(Understanding by Design)」において、真正の評価とは「現実世界の文脈において、学習者が知識・技能を意味ある課題に応用する能力を測定する評価」と定義される。本制度が認める教育支援センターでの活動やICTを活用した自宅学習は、均質な教室環境から切り離された「個人にとっての現実文脈」における学習であり、これを観点別評価の対象とすることは、まさに真正の評価論の実装に他ならない。

Black & Wiliam(1998)の大規模メタ分析(250以上の研究を統合)は、形成的評価の実施が学力向上に対して効果量d=0.40〜0.70の効果をもたらすことを示した。本制度において推奨される「振り返りカード」や学習履歴の定期的共有は、形成的評価サイクルの構成要素(目標の共有・フィードバック・次の学習への接続)を内包しており、単なる行政手続きを超えた学習改善機能を潜在的に持つ。

2-2 観点別評価における「学びの文脈」の再定義

現行の学習指導要領(文部科学省, 2017・2018)は「知識・技能」「思考・判断・表現」「主体的に学習に取り組む態度」の三観点評価を制度化した。第三観点「主体的に学習に取り組む態度」は、学習の自己調整(self-regulation)の発揮を評価対象とする(中央教育審議会, 2019)。不登校状態にあっても、教育支援センターのWeb教材で自己ペースの学習を継続し振り返りカードに記述している児童生徒は、この第三観点において評価可能な行動を示していると解釈できる。

評価観点 学校内での従来評価 本制度下での可能な評価根拠
知識・技能 定期テスト・ノート Web教材の学習履歴・確認テスト
思考・判断・表現 授業発言・レポート 振り返りカード・保護者報告書
主体的な態度 授業参加状況・提出物 自発的学習継続記録・面談記録

2-3 学習の「脱文脈化」から「再文脈化」へ

Lave & Wenger(1991)の状況的学習論は、「学習は実践共同体への参加を通じた状況埋め込み的過程である」と主張する。民間フリースクールや家庭学習は、従来の学校実践共同体とは異なるが、それ自体が固有の「実践共同体」を形成しうる。本制度が民間施設での活動を出席扱いとする際に「活動報告」を求めるのは、そのような異なる実践共同体における学習過程を学校の評価フレームに再文脈化する試みとして読み解くことができる。


第三章 心理学的価値の分析

動機づけ・自己効力感・心理的安全性との接続

3-1 自己決定理論(SDT)との接続

Deci & Ryan(2000)の自己決定理論は、人間の動機づけを外発的〜内発的の連続体として捉え、「自律性(autonomy)」「有能感(competence)」「関係性(relatedness)」の三つの心理的基本欲求の充足が内発的動機づけと心理的ウェルビーイングを促進すると主張する。本制度が持つ各欲求との関係は以下の通りである。

心理的基本欲求 本制度との接続 充足されない場合のリスク
自律性(Autonomy) 学習場所・方法・ペースを児童生徒・保護者が選択できる 強制的登校要求→心理的反発・回避の強化
有能感(Competence) 学校外学習が「出席」として承認され、成果が通知表に反映される 努力の不可視化→学習継続動機の消失
関係性(Relatedness) 校長・担任・保護者・外部施設の連携体制が「人との繋がり」を維持する 学校との関係断絶→社会的孤立の固定化

3-2 認知行動的枠組みからの分析

不登校の持続プロセスに認知行動療法(CBT)の枠組みを適用すると、「登校への恐怖・不安→回避行動→短期的安心感の獲得→回避の強化」という悪循環(negative reinforcement cycle)が中核にある(Kearney & Albano, 2004)。この枠組みでは、曝露療法(exposure therapy)によって段階的に恐怖刺激へ接近することが回復の鍵となるが、急激な「学校への曝露」は逆効果となりうる。

本制度が規定する「訪問等による対面指導」の定期的実施は、行動活性化(behavioral activation)の観点から有効である。学校との「接触ゼロ」を防ぎながら、自宅や学校外施設という低ストレス環境での学習活動を積み上げることで、「学習できる自分」という有能感の再構築(Seligman, 1975の学習性無力感の反転)が促される。

【学習性無力感(Learned Helplessness)との関係】
Seligman & Maier(1967)の古典的研究に基づくと、長期欠席により「何をしても評価されない・認められない」経験が蓄積した児童生徒は、学習性無力感に陥りやすい。本制度が学校外学習を正式に評価する仕組みを持つことは、「行動が結果に結びつく」という随伴性の回復をもたらし、無力感の解消に直接寄与する。

3-3 心理的安全性と自己効力感

Edmondson(1999)が組織行動論の文脈で定義した心理的安全性(psychological safety)は、「チームメンバーが対人関係上のリスクを取っても安全だと感じられる共有信念」を指す。学校場面に援用すると、「この場で失敗・欠席・困難を表明しても責められない」という認知が学習参加を促す。本制度が「保護者と学校との連携体制」を要件の筆頭に置く設計は、家庭−学校間の心理的安全性を制度的に担保しようとする試みと解釈できる。

Bandura(1997)の自己効力感理論は、「遂行経験(mastery experience)」が効力感の最も強力な源泉であると主張する。自宅ICT学習を通じて「問題を解けた」「単元を理解できた」という遂行経験を積み重ねることは、「登校する前に学力的基盤を再構築する」プロセスとして機能しうる。この意味で、本制度は学力回復と心理回復を分離せず並行的に支援する設計思想を内包している。


第四章 学習科学的観点

自己調整学習・メタ認知・個別最適な学びとの接続

4-1 Zimmermanの自己調整学習モデルとの対応

Zimmerman(2002)の自己調整学習(Self-Regulated Learning: SRL)は三フェーズモデル(予見フェーズ・遂行フェーズ・自己省察フェーズ)からなる。本制度が要求する「計画的な学習プログラム」「対面指導による状況把握」「振り返りカードや活動報告」は、三フェーズへの直接的対応を示す。

SRL三フェーズ 本制度における対応要素
予見フェーズ(目標設定・計画) 校長・学校・保護者・外部機関が協働して「計画的な学習プログラム」を設計。在籍校の教育課程との照合が目標設定として機能する。
遂行フェーズ(学習の実行・監視) Web教材・授業配信・民間施設活動の実施。学校の定期的把握(訪問・連絡)が自己監視の外部的補完として機能する。
自己省察フェーズ(評価・帰属・適応) 振り返りカード・活動報告書・保護者との情報共有が省察の媒体となる。学校による観点別評価のフィードバックが次の学習サイクルへの接続を担う。

4-2 メタ認知の育成的価値

Flavell(1979)が定義するメタ認知は「自己の認知過程についての知識と調整」を指し、Hattie(2009)の大規模メタ分析(800以上の研究統合)では効果量d=0.69と高い学力効果が示されている。本制度において「振り返りカード」「本人の振り返り」を活動報告の必須記載事項とする運用は、児童生徒に自己の学習過程を言語化・可視化させる構造を持ち、メタ認知の育成機能を内包する。

特に学校外学習では、教師の即時フィードバックが得られない状況が多い。この文脈では、Pintrich(2000)が強調する「認知的・動機づけ的・行動的・文脈的自己調整」のうち、認知的自己調整(学習方略の選択・監視・修正)と動機づけ的自己調整(効力感の維持・帰属の制御)が特に重要となり、振り返り記録の習慣化がこれを支援する。

4-3 「個別最適な学び」との政策的連続性

中央教育審議会答申「令和の日本型学校教育」(2021)が提唱する「個別最適な学び」は、「指導の個別化」と「学習の個性化」を両輪とし、ICTを活用した一人ひとりの学習状況の把握と適切な支援を核心に据える。本制度における「当該児童生徒の学習の理解の程度を踏まえた計画的な学習プログラム」という要件は、「個別最適な学び」の定義と完全に重なる。

したがって、本制度は「不登校への特例的対応」ではなく、「令和の日本型学校教育が標榜する個別最適な学びの最も先鋭化した実装例」として位置づけることができる。この解釈は、教員が本制度を「例外処理」として扱うのではなく「先進的学習観の具現化」として捉え直す視座の転換を促す。


第五章 教育実践への転換可能性

制度を機能させる条件と管理職の意思決定

5-1 現場で起こりうる三つの機能不全パターン

パターン1:形骸化(手続き化)

出席扱いの「認定行為」が目的化し、学習活動の質的把握が行われない状態。振り返りカードが「様式の提出」として処理され、フィードバック機能を果たさない。Fullan(2007)が指摘する「実施の忠実性(implementation fidelity)」の欠如に相当する。

パターン2:名目化(関係の形骸化)

保護者・外部施設との「連携」が書面上の連絡のみとなり、実質的な協働関係が形成されない状態。Epstein(2002)の学校・家庭・地域連携論が示す「決定への参加」「学習の家庭支援」等の深いレベルの連携に達しない。

パターン3:丸投げ(責任の外部化)

民間フリースクール等への「入所=支援完了」とみなし、学校が定期的な把握・対面指導・評価のフィードバックを行わない状態。本制度が明示する「校長の十分な把握義務」「継続的な直接関わり」の要件に反する。

5-2 制度を機能させる組織条件

条件カテゴリー 具体的条件 根拠・参照理論
リーダーシップ 校長による年度初の制度説明と方針明示 Leithwood et al.(2004)変革的リーダーシップ
校内体制 教務主任・生徒指導主事・担任の役割分担の明文化 Hargreaves & Fullan(2012)専門職資本
連携プロトコル 保護者・外部施設との情報共有頻度・様式の事前合意 Epstein(2002)連携の6類型
評価の透明性 評価根拠の保護者・本人への説明責任(accountability) Stiggins(2001)評価リテラシー
教員研修 本制度の目的・要件・評価方法についての定期研修 Darling-Hammond et al.(2017)専門的学習

5-3 管理職の意思決定ポイント(チェックリスト)

  • 民間施設の適切性判断基準を教育委員会と事前に協議・合意しているか
  • 年度初の校内研修で全教員に制度・要件・評価手続きを説明しているか
  • 対面指導(訪問・来校)の頻度・担当者・記録方法を定めているか
  • 学習計画の作成に教務主任・担任・保護者の三者が関与する手順があるか
  • 指導要録の備考欄記載・通知表への反映の手続きを担当者が把握しているか
  • 不登校が「必要な程度を超えて長期化」する兆候を定期的にモニタリングしているか

第六章 リスクと誤用の分析

制度の本質的危険性と予防的対策

6-1 長期不登校固定化リスク

本制度の最も深刻な潜在的リスクは、「出席扱い」の承認が登校回避行動の強化子(reinforcer)として機能するケースである。Kearney(2008)は不登校の機能的評価において、学習活動への出席扱いが「正の強化(学習できる安堵感)」と「負の強化(登校回避への許容)」の両方を同時に提供しうることを指摘した。本資料も「不登校が必要な程度を超えて長期にわたることを助長しないよう留意する」と明示的に警告している。

予防策として、Kearney & Albano(2004)の「学校拒否行動の機能分析」的アプローチを援用し、「この活動はソーシャルサポートの構築に向かっているか」「段階的な学校接触のステップが計画されているか」を定期的に評価する仕組みが必要である。

6-2 「出席扱いのための活動」への矮小化リスク

制度の本来目的は「社会的自立」の支援であるが、実務的には「出席日数の確保」が目的化するリスクがある。Goodhart(1975)の原則(「測定が目標になると、良い測定指標でなくなる」)が作動し、学習の質よりも「出席扱い認定日数」の量が管理指標となる本末転倒が生じうる。

Hattie & Timperley(2007)のフィードバック理論が示すように、「Feed Up(目標の明確化)」「Feed Back(現状との差異)」「Feed Forward(次の学習への方向付け)」の三層が機能して初めて評価が学習改善につながる。単に出席日数を計上するだけでは、このサイクルは稼働しない。

6-3 責任の所在の曖昧化リスク

本制度の設計では「校長の判断」が最終的な責任主体とされているが、民間施設・保護者・担任・教務主任・教育委員会が複数の意思決定主体として関与する構造上、責任の分散が生じやすい。Weick(1976)の「疎結合組織(loosely coupled systems)」論が示すように、学校組織は構造的に責任の所在が曖昧になりやすく、複数機関が関与する場合はさらにその傾向が強まる。

【リスク対策の原則】
制度リスクへの根本的対処は「出席扱いの条件充足確認」ではなく、「学習活動が当該児童生徒の社会的自立に向けた段階的プロセスとして機能しているか」という問いを中心に置くことである。この問いを起点とした定期的な支援方針見直し(ケース会議)の仕組み化が、三大リスクへの構造的防止策となる。


第七章 理論的実践事例

背景・実践・効果・理論的解釈の統合的提示

事例A:教育支援センター×Web教材×観点別評価(中学2年生)

【背景】
対人関係上のトラブルを契機に登校困難状態が6か月続く中学2年生。学力への不安が強く、「このまま学校に戻っても授業についていけない」という認知的歪みが回避を強化している状態。保護者は復帰を強く望むが、本人は教室への強い恐怖を訴える。

【実践】
教育支援センターに週3回通所を開始。センタースタッフと学校教務主任が連携し、在籍校の教育課程に沿ったWeb教材(数学・英語・理科)を活用した個別学習計画を共同作成。振り返りカードを毎通所日記入し、学校担任が月1回のセンター訪問でフィードバック。3か月後、観点別評価を指導要録に反映し通知表で本人・保護者に伝達。

【効果】
通所日数は出席扱いとして計上。数学の理解度確認テストで合格を重ねる中で「わかる・できる」という遂行経験が蓄積。6か月後には週1回の校内別室登校を自ら希望するに至った。

【理論的解釈】
Bandura(1997)の遂行経験による自己効力感の再構築、Deci & Ryan(2000)の有能感欲求の充足、Black & Wiliam(1998)の形成的評価サイクルの機能。特に、「出席扱い」という公的承認が「学習する自分は正当だ」という自己認知の再構成(認知再構成)を促したと考えられる。


事例B:授業配信×1人1台端末×オンライン参加(小学5年生)

【背景】
感覚過敏(聴覚・視覚)により集団環境での学習に困難を抱える小学5年生。特別支援コーディネーターが関与し、医療機関の診断はASD傾向あり。登校自体を目標とすることへの保護者の異議申し立てが起点となった事例。

【実践】
学校が1人1台端末を活用したオンライン授業参加を提案。担任がLive授業を配信する際、黒板中心の映像を構成し、本人の顔・声は任意参加とした。授業後に担任が個別にチャットで補足説明。週1回の家庭訪問で担任との対面接触を継続。授業参加記録・理解度確認を根拠に出席扱い・観点別評価を実施。

【効果】
初月は週2回の参加から開始し、3か月後には週5日全授業への参加が安定。「画面越しならわかる」という成功体験が「教室でも試してみたい」という動機に発展。翌年度から週2回の登校を開始。

【理論的解釈】
Sweller(1988)の認知負荷理論:集団環境の感覚刺激による外在的認知負荷を軽減したことで、内発的認知負荷(学習内容の処理)に資源が集中できた。Edmondson(1999)の心理的安全性:「顔を出さなくてよい」「チャットで質問できる」という低ストレス参加条件が、学習への参加行動を促進した。


事例C:民間フリースクール×活動報告×段階的復帰計画(中学3年生)

【背景】
中学1年の不登校を経て2年間フリースクールに通所している中学3年生。3年生になり進路問題が現実化し、内申点への不安から保護者が学校に相談。フリースクールスタッフと学校の間に当初コミュニケーション断絶があった。

【実践】
校長が教育委員会のガイドラインに基づきフリースクールを訪問し、制度趣旨を説明して「活動報告書」の月次提出を依頼。施設利用日・活動内容・本人の振り返り・スタッフコメントを記載。学校担任が月1回フリースクールを訪問し対面指導記録を作成。国語・社会・技術の3教科について観点別評価を指導要録に反映。

【効果】
フリースクールでの活動が正式に承認されたことで、本人の「自分の学びは無駄ではなかった」という認知が変容。3年2学期には、進路に向けての面接練習を学校の別室で定期的に実施するまでに関係が回復。公立高等学校を受験・合格。

【理論的解釈】
Lave & Wenger(1991)の状況的学習論:フリースクールという異なる実践共同体での学びを学校が公的に承認することで、本人のアイデンティティが「不登校者」から「学習者」へと再定義された。Seligman(1975)の学習性無力感の反転:「自分の行動が評価される」随伴性の回復が主体性の再獲得をもたらした。


第八章 NotebookLM動画用設計

視聴者の認知を揺さぶる盲点・誤解・問い・実践焦点

8-1 教員にとって見落とされやすい盲点

  • 「連携体制の維持」が要件の筆頭であることの深い意味:連携は手続きではなく、学習支援のインフラである。形式的な連絡は「連携体制」ではない。
  • ICT活用学習は「外部機関で支援を受けられない場合の最終手段」として位置づけられている:安易に「自宅学習でいい」と判断することは制度の趣旨に反する。
  • 「成績評価」は義務ではなく「可能である」という設計:しかしこの柔軟性が「やらなくていい」と読み替えられると、学習意欲支援の核心が失われる。
  • 「対面指導の継続」が成績評価の必須要件でもある:担任が児童生徒と直接関わる機会をゼロにすることは制度上認められていない。

8-2 現場の誤解(5例)

誤解①(誤):フリースクールに通っていれば自動的に出席扱いになる
→(正):校長による「適切性判断」と保護者との連携体制・活動報告の三つが揃って初めて認定される。

誤解②(誤):出席扱いにすれば内申点の問題は解決する
→(正):観点別評価を実施するには学習計画・学習根拠・連携体制の全要件充足が必要。出席認定と成績評価は別要件。

誤解③(誤):ICT学習は自由に何でも良い
→(正):在籍校の教育課程に照らして適切な「計画的な学習プログラム」であることが必須。

誤解④(誤):民間施設を使えば学校は関与しなくてよい
→(正):定期的・継続的な対面指導と直接関わりの継続は学校の義務的要件として明記されている。

誤解⑤(誤):本制度は不登校の子だけの特別な制度である
→(正):本制度が体現する「個別最適な学び」「多様な学習形態の承認」「形成的評価の活用」は全ての子どもへの教育の方向性と連続している。

8-3 視聴者の認知を揺さぶる問い

「あなたの学校では、フリースクールに通っている生徒の学習は指導要録に1文字も反映されていないのではないか?」

「”登校できない”と”学べない”は、本当に同じことか? あなたはこの二つを混同していなかったか?」

「出席扱いの判断を”校長の仕事”として担任が関与しないとしたら、それは担任と生徒の関係をどう変えるか?」

「全員同じ教室で同じ授業を受けることを”普通”とするとき、その”普通”から外れた子どもたちの学習をあなたはどう評価していたか?」

8-4 動画後半で扱うべき実践の焦点

    • 「連携体制の設計」:誰が・いつ・何の情報を・どの様式で共有するかのプロトコルの校内標準化
    • 「学習計画の共同設計」:教務主任・担任・保護者・本人・外部スタッフが参加するケース会議の実施方法
    • 「振り返りカードの活用」:単なる提出物ではなく形成的評価のフィードバックループを回す媒体としての設計
    • 「指導要録の書き方」:文章記述欄の活用と備考欄記載の具体例
    • 「対面指導の質的維持」:訪問・来校の頻度と記録の仕組み化による「形式的接触」から「関係的接触」への転換

わかりやすく動画化したものはこちら→ 不登校「だから」“出席”に 制度の価値を、9割が誤解している


参考文献

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Black, P., & Wiliam, D. (1998). Assessment and classroom learning. Assessment in Education: Principles, Policy & Practice, 5(1), 7–74.

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