「名前を晒す指導」が子どもの心に残すもの―教頭が語る本当に効果的な提出物指導

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「名前を晒す指導」が子どもの心に残すもの―教頭が語る本当に効果的な提出物指導

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はじめに―教育現場でよく見る光景

若手教師の頃、誰もがこんな経験をするかもしれません。

提出物がなかなか集まらない。クラス全体に「早く出してね」と伝えたい。そんな思いから、黒板に未提出者の名前を書く―。一見、効率的で分かりやすい方法に見えます。

私が若手教師だった頃、ある研究会活動に熱心な先生が「ウチは提出物期間前に集まったよ。この枚数で給料にしたらあなたは全然貰えないね」と周りに自慢していました。

キツイ先生の言葉に、周りの先輩方も面倒を避けるため何も言い返していませんでしたが、『黒板に提出物をまだ出せていない子の名前を書く』方法で出させていたその先生のクラスの子どもたちは、何をどう伸ばしてもらっていたのでしょう。

私は改めて考えてみました。

未提出者を晒し者にすることは、本人には恥が残り、周りには汚い優越感が残る―この構図の問題点を、多くの教師が見落としているのではないかと。

今日は、35年間の教員生活と公認心理師としての知見から、この「名前を晒す指導」の何が問題で、どう対応すべきかを考えてみたいと思います。

「晒す指導」が残す二つの傷

本人に残る「恥」という感情

黒板に自分の名前が書かれる。クラスメイト全員の前で「提出していない人」として可視化される―。

この経験は、子どもの心に深い傷を残します。

中学生という時期は、自分が周りからどう見られているかを極度に気にする年代です。思春期の子どもたちにとって、「みんなの前で恥をかく」という経験は、想像以上に重いものです。

問題は、この恥の感情が「次はちゃんと出そう」という前向きな動機づけにはならないことです。

むしろ、多くの場合:

  • 「自分はダメな人間だ」という無力感
  • 「先生は自分を見放している」という不信感
  • 「どうせまた晒されるから」という諦め

こうした感情が残ってしまうのです。

周りに残る「汚い優越感」

もう一つ、見逃せない問題があります。

提出できた子どもたちが感じる感情です。

「自分は黒板に名前が書かれなかった」「あの子は書かれた」―この構図は、健全な達成感ではなく、「他者と比較して自分の方が上」という優越感を生み出します。

これは教育現場で最も避けるべき感情の一つです。

なぜなら:

  • 「誰かができない」ことで自分の価値を確認する癖がつく
  • 困っている仲間を助けようという気持ちが育たない
  • クラス全体が「晒される側」と「晒されない側」に分断される

本来、クラスは互いに支え合い、高め合う場所であるべきです。しかし、この指導方法は、その土台を崩してしまうのです。

では、どう対応すればいいのか―実践的な三つのステップ

ステップ1:個別に呼んで、まず話を聞く

提出物が出ていない。その事実に気づいたら、まずすべきことは一つです。

その子を個別に呼んで、話を聞くこと

「どうして出せなかったの?」

この問いかけには、責める気持ちではなく、純粋な関心が必要です。

多くの場合、提出できない背景には理由があります:

  • 家庭の事情で時間が取れなかった
  • 課題の意味が理解できていなかった
  • 他の科目に追われて忘れていた
  • そもそも学習習慣が身についていない

一人ひとり、事情は違います。

個別に話すことで、その子の状況が見えてきます。そして、その子に合った解決策を一緒に考えることができるのです。

ステップ2:文書で確実に伝える

個別指導の後も改善が見られない場合、次のステップは「文書による督促」です。

私が実践していたのは、パソコンの「差し込み印刷」機能を使った督促状の作成です。

これは決して冷たい対応ではありません。むしろ:

  • 口頭では忘れてしまう情報を、形に残せる
  • いつ、何を、いつまでに提出すべきかが明確になる
  • 本人だけでなく、保護者とも情報を共有できる

文書にすることで、「伝えた・伝えていない」という曖昧さがなくなります。

ステップ3:保護者と連携する

それでも改善が見られない場合、保護者への連絡が必要になります。

ここで大切なのは、「お宅のお子さんが提出していません」と告げ口するのではなく、「一緒に考えたい」という姿勢です。

家庭での様子を聞き、学校での状況を伝え、どうすれば提出できるようになるか―これを保護者と一緒に考えるのです。

多くの場合、家庭にも事情があります。それを知ることで、より適切な支援ができるようになります。

規格外の生徒こそ、じっくり向き合うチャンス

ここまで読んで、「でも、何をやっても出さない子もいますよね?」と思われた方もいるでしょう。

その通りです。

35年間の教員生活の中で、私も数え切れないほど「規格外」の生徒と出会ってきました。

でも、私はこう考えています。

「規格から外された時こそ、じっくり話すチャンスだ」と。

提出物を出さない、ルールを守れない―そういった生徒は、何かのサインを発していることが多いのです。

  • 家庭で辛いことがある
  • 友人関係で悩んでいる
  • 学習内容についていけていない
  • 自己肯定感が極端に低い

表面的な「提出物未提出」という問題の奥に、本当の課題が隠れています。

個別に時間をかけて話すことで、その子の本当の困りごとが見えてきます。そして、それが見えたとき、初めて本当の支援ができるのです。

心理学の視点から―罰ではなく、成長の支援を

私は公認心理師として、学校現場でカウンセリングにも携わってきました。

その経験から言えることがあります。

人は、罰や恥によっては成長しないということです。

心理学の世界では、こんな考え方があります。

人間の行動を変えるのは、「罰を避けたい」という恐怖心ではなく、「自分はできる」という自信と、「やってみよう」という意欲だということ。

黒板に名前を書くという行為は、本人に「恥」と「無力感」を与え、周りに「優越感」と「分断」を生みます。

一方、個別に話を聞き、その子に合った支援をする―この方法は、本人に「先生は自分のことを見てくれている」という安心感を与えます。

そして、小さな成功体験を積み重ねることで、「自分もできるかもしれない」という感覚が育っていくのです。

教師の本当の仕事とは

冒頭で紹介した若手の先生が素晴らしいのは、校長先生の一言を素直に受け止められたことです。

多くの教師が試行錯誤の中で学んでいきます。

そして、たった一度の適切な指導を、何年も心に残している―それは、その言葉が本質を突いていたからでしょう。

教師の仕事は、「できない子を見つけて晒すこと」ではありません。

「すべての子が成長できるよう、一人ひとりに合った支援をすること」です。

それは、時に効率的ではないかもしれません。

一人ひとり呼んで話す、文書を作成する、保護者と連絡を取る―これらは確かに手間がかかります。

でも、その「手間」こそが、教育の本質なのだと私は信じています。

おわりに―温かい教室を作るために

提出物の指導一つとっても、そこには深い教育哲学が現れます。

ある若手教師が、恩師の一言を今も心に留めているように、私たちの指導は子どもたちの心に長く残ります。

あなたが教師なら、ぜひ考えてみてください。

自分の指導は、子どもたちにどんな感情を残しているでしょうか。

あなたが保護者なら、学校での指導に疑問を感じたとき、ぜひ先生と対話してください。

「うちの子の名前が黒板に書かれていました。これはどういう意図ですか?」

そんな問いかけから、より良い教育が始まるかもしれません。

そして、子どもたち自身へ。

もし、あなたが「名前を晒される」経験をして傷ついているなら、それはあなたが悪いのではありません。

提出物が出せないのには、何か理由があるはずです。

信頼できる大人に、その理由を話してみてください。

きっと、一緒に解決策を考えてくれる人がいます。


公立中学校で35年間、教師として、そして教頭として多くの生徒と向き合ってきました。

その経験から確信していることがあります。

すべての子どもは、適切な支援があれば成長できるということです。

そして、その支援の第一歩は、「晒す」ことではなく「寄り添う」ことなのです。


この記事が、一人でも多くの子どもたちが温かい教室で学べるきっかけになれば幸いです。

著者プロフィール:
公立中学校教頭。公認心理師、認定専門公認心理師、臨床発達心理士、学校心理士。35年間の教員生活の中で、生徒指導、教育相談、学校運営に携わる。「親のみかた、先生のみかた」として、教育現場の課題について発信している。

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