変えられるのは自分だけ
教師と保護者のための勇気づけ―自分の態度を選び直す力
「人は変われる。ただし”他人を変えること”は誰にもできない。できるのは、自分の態度を選び直すことだけ。それが一番効く。」
この言葉を目にして、あなたはどう感じましたか。「そんなことはわかっている」と思われたかもしれません。でも、日々の教育現場や子育ての場面で、つい「この子が変わってくれたら」「あの保護者の考え方が変わってくれたら」と思ってしまうことはありませんか。
今日は、ある中学校で実際に起きた出来事をもとに、「他人を変えることはできない」という真実を受け入れ、自分の態度を選び直すことで関係性が劇的に変わった実例をご紹介します。そして、心理学の知見をもとに、明日からあなた自身が実践できる具体的な方法をお伝えします。
1. ある教師の物語―保護者との関係が変わった瞬間
繰り返される「先生は理解してくれない」という言葉
A先生は、中学2年生の担任として7年目を迎えた教師でした。クラスには、授業中に注意されるとすぐに落ち込み、学習意欲を失ってしまうB君という生徒がいました。A先生は、「注意の仕方を工夫しなければ」と考え、できるだけ優しい言葉を選んで指導していました。
しかし、ある日、B君の保護者から電話がありました。「先生は、うちの子の気持ちを全然わかっていない。もっと寄り添った指導をしてほしい」という内容でした。A先生は驚きました。自分なりに配慮していたつもりだったのに、なぜ伝わらないのだろう、と。
その後も、保護者からは似たような指摘が続きました。A先生は次第に、「どうすれば保護者が満足してくれるのだろう」「何を言っても通じない」と感じるようになり、保護者対応が憂鬱になっていきました。授業中も、B君への対応に神経を使いすぎて、他の生徒への目配りができなくなっていることに気づきました。
転機は、自分の「期待」に気づいたとき
そんなある日、A先生は校内研修で心理学を学ぶ機会がありました。そこで出会ったのが、「課題の分離」という考え方でした。講師は言いました。「保護者がどう思うか、それは保護者の課題です。あなたがコントロールできるのは、あなた自身の行動だけです」と。
その言葉を聞いた瞬間、A先生の中で何かがはじけました。自分は、「保護者に理解してもらおう」「保護者を満足させよう」としていた。つまり、他人をコントロールしようとしていたのだと気づいたのです。
そこからA先生は、発想を変えました。「保護者を変えよう」ではなく、「自分が誠実に、B君にとって最善だと思うことをする」ことに集中することにしたのです。保護者との面談では、「私はこう考えていますが、お母様はどうお考えですか」と、対等な立場で話し合うようになりました。「理解してもらおう」という必死さが消え、代わりに「一緒にB君を支えたい」という思いを素直に伝えられるようになりました。
すると不思議なことが起きました。保護者の態度が少しずつ変わってきたのです。「先生、最近B君が『先生は自分のことをわかろうとしてくれている』って言うんです」という言葉をもらったときは、涙が出そうになりました。A先生が変わったことで、結果として保護者やB君との関係性も変わっていったのです。
2. なぜ自分が変わると相手も変わるのか―心理学からの分析
「他人を変えたい」という思いの正体
A先生の例から、私たちが学べることは何でしょうか。まず理解したいのは、「他人を変えたい」という思いの裏には、「コントロールへの欲求」があるということです。
心理学では、人は自分の思い通りにならない状況に対して不安やストレスを感じることが知られています。そして、その不安を解消するために、「相手が変わってくれたら」と考えてしまうのです。しかし、これは本質的には不可能な願いです。なぜなら、人の心や行動を決めるのは、その人自身だからです。
アドラー心理学の「課題の分離」とは
オーストリアの心理学者アルフレッド・アドラーが提唱した考え方です。「これは誰の課題なのか」を見極め、自分の課題と他人の課題を分けることで、対人関係の悩みを減らすことができるとされています。
- 自分の課題: 自分がどう行動するか、どう感じるか
- 他人の課題: 相手がどう行動するか、どう感じるか
「保護者がどう思うか」は保護者の課題であり、教師がコントロールできるものではありません。しかし、「自分がどう対応するか」は教師の課題であり、コントロールできるものです。
態度を変えることで生まれる「相互作用」
では、なぜA先生が態度を変えたことで、結果的に保護者やB君も変わったのでしょうか。それは、人間関係が「相互作用」で成り立っているからです。
心理学の研究では、一方の態度が変わると、もう一方の態度も変化することが示されています。これを「鏡の法則」とも言います。A先生が「理解してもらおう」という必死さを手放し、誠実に向き合う態度に変わったとき、保護者もそれを感じ取りました。攻撃されていないと感じた保護者は、防御の姿勢を解き、協力的になったのです。
ここで重要なのは、A先生は「保護者を変えるために」態度を変えたのではないという点です。あくまで、自分自身が誠実でいるために、自分の態度を選び直したのです。結果として関係性が改善したのは、「副産物」だったのです。
3. あなた自身の現実と向き合う―寄り添いのメッセージ
ここまで読んで、もしかしたらあなたは、「でも、私の状況は違う」「相手は本当に理不尽なんです」と感じているかもしれません。その気持ち、よくわかります。
教育の現場は、理想論だけでは語れません。保護者からの厳しいクレーム、同僚との価値観の違い、思うように伝わらない子どもたち。毎日が試練の連続です。そんな中で、「自分が変わればいい」なんて言われても、まるで自分の努力が足りないかのように聞こえて、辛く感じることもあるでしょう。
まず、あなた自身を責めないでください。
「他人を変えたい」と思ってしまうのは、あなたが責任感が強く、よりよい教育をしたいと願っているからです。それは素晴らしいことです。そして、思い通りにならない状況に疲れ果てているあなたは、とても頑張ってきた証拠です。
課題の分離は、決して「相手を放棄する」ことではありません。むしろ、相手を一人の独立した人間として尊重することです。そして、自分自身の心を守るためのものでもあります。
あなたは、他人を変える責任を負う必要はありません。ただ、あなた自身が選んだ態度で、目の前の人と向き合えばいいのです。それだけで十分です。
そして、もしあなたが今、疲れているなら、まずは自分自身に優しくすることから始めてください。自分を労わることなしに、他者に誠実でいることはできません。次のセクションで、具体的な方法をご紹介します。
4. 今日からできる実践―セルフコンパッションのエクササイズ
ここでは、セルフコンパッションという考え方に基づいた、簡単なエクササイズをご紹介します。
セルフコンパッションとは
心理学者クリスティン・ネフ博士が提唱した考え方で、自分自身に対して、親しい友人に接するような思いやりを向けることを指します。自己批判ではなく、自分を労わり受け入れることで、心の回復力(レジリエンス)が高まることが研究で示されています。
スージングタッチ―自分を落ち着かせる優しい触れ方
このエクササイズの目的: ストレスや不安を感じたときに、自分自身を優しく慰め、心を落ち着かせる方法を身につけます。
「スージング(soothing)」とは、「落ち着かせる、なだめる」という意味です。自分の体に優しく触れることで、「オキシトシン」という安心感をもたらすホルモンが分泌されることが科学的に確認されています。
【基本のやり方】
まず、静かな場所で座るか立ちます。
可能であれば、目を閉じてください。難しければ、目を半分閉じた状態でも大丈夫です。
自分の体のどこに触れると心地よいか、探してみます。
多くの人は、胸(心臓の辺り)、お腹、腕、肩などに触れると落ち着きます。あなたに合った場所を見つけてください。
その場所に、優しく手を当てます。
温かさを感じながら、ゆっくりと呼吸をしてください。「この手は、自分を守ってくれている」とイメージしてみましょう。
心の中で、または小さな声で、自分に語りかけます。
「よく頑張っているね」
「今日も一日、お疲れ様」
「辛かったね、大丈夫だよ」
など、親しい友人に声をかけるような言葉を使ってください。
2〜3分、その状態を続けます。
呼吸とともに、体が優しく揺れているのを感じてみてください。どんな感情や感覚が現れても、それを批判せず、ただ受け入れます。
【応用編】
- セルフハグ: 自分を抱きしめるように、両腕で自分を包み込みます。
- 肩を撫でる: 疲れた時に、自分の肩を優しく撫でてあげます。
- 手を重ねる: 片方の手をもう片方の手で優しく包み込みます。
いつ行うか: このエクササイズは、1日5分程度、朝起きた時や寝る前、仕事の合間など、いつでも行えます。特に、ストレスを感じた時や、自分を責めてしまった時に効果的です。
成長のマイルストーン―段階的な目標
第1段階(1週間目):
自分の体の感覚に気づく
まずは、どこに触れると落ち着くかを探ります。毎日少しずつ試してみましょう。うまくできなくても大丈夫です。「自分の体に意識を向ける」ことだけでも価値があります。
第2段階(2〜3週間目):
自分に優しい言葉をかける習慣をつける
スージングタッチをしながら、自分を労わる言葉を見つけていきます。最初は照れくさく感じるかもしれませんが、繰り返すうちに自然になっていきます。
第3段階(1ヶ月目以降):
日常の中で自然に実践できる
ストレスを感じた時、自動的に自分を慰める行動ができるようになります。そして、自分に優しくできるようになると、他者にも自然と優しくなれていることに気づくでしょう。
最終目標:
自分の態度を選び直す力が育つ
セルフコンパッションが身につくと、自己批判が減り、心に余裕が生まれます。その余裕があるからこそ、「他人を変えよう」ではなく、「自分が誠実でいよう」という態度を選べるようになります。これが、結果的に周囲との関係性を変えていく力になるのです。
5. 終わりに―あなたへのメッセージ
「人は変われる。ただし”他人を変えること”は誰にもできない。できるのは、自分の態度を選び直すことだけ。」
この記事の冒頭で紹介した言葉に、もう一度戻りましょう。今、この言葉は、あなたにどう響くでしょうか。
他人を変えられないというのは、決して諦めではありません。それは、相手を尊重し、自分の責任の範囲を明確にすることです。そして、自分が変われると信じることです。
教育の現場で、あなたが毎日向き合っている子どもたちや保護者、同僚たち。彼らを変えることはできません。でも、あなた自身が、どんな態度で彼らと向き合うかは、あなたが選べるのです。
そして、その選択をするためには、まず自分自身を大切にすることから始めてください。疲れた心に優しく触れ、自分を労わってください。あなたが自分に優しくできたとき、きっと周りの世界も少しずつ変わって見えるはずです。
今日ご紹介したスージングタッチ、ぜひ今夜から試してみてください。たった数分の実践が、明日のあなたの態度を、そして未来の関係性を変えていくかもしれません。
あなたは、すでに十分頑張っています。
そして、これからも、あなた自身の選択で、道を切り拓いていけるのです。
参考情報
- アドラー心理学については、岸見一郎・古賀史健『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)が入門書としておすすめです。
- セルフコンパッションについては、クリスティン・ネフ/クリストファー・ガーマー『マインドフル・セルフ・コンパッション ワークブック』(星和書店)で詳しく学べます。
- このエクササイズは、専門的な治療が必要な状態の代替にはなりません。深刻な悩みがある場合は、専門家にご相談ください。
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