# 学校の長時間労働から「人間力」を取り戻す:教員の働き方改革と家庭・子育てのバランス
## はじめに|「学校の先生は社会を知らない」という批判の真実
「学校の先生は社会を知らない」という批判がありますが、その原因は**単純です:社会に出る時間が与えられていないから**です。
朝5時台に出勤し、帰りは22時。土日は部活やテストの採点などの持ち帰り仕事。このような働き方を何十年も続けていたら、自分の人間力を高める時間もなく、経験を消耗するだけになってしまいます。
2024年度の最新調査によると、この状況はまだ改善途上です。本ガイドでは、なぜ教員の長時間労働が続くのか、それが子どもたちにどのような影響を与えるのか、そして働き方改革がなぜ急務なのかを、科学的データと心理学的知見に基づいて解説します。
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## Ⅰ.教職員の長時間労働の実態:数字が示す深刻さ
### 1-1. 文部科学省の最新調査データ
文部科学省「教員勤務実態調査(令和4年度)」によると、中学校で77.2%、小学校で64.4%の教諭が、月45時間の残業時間上限越えの可能性があると報告されています。
つまり、**約3人に2人の中学教員が、残業上限を超えている可能性がある**ということです。
### 1-2. 過労死ラインを超える教員の存在
さらに深刻なのは、過労死ラインとされる月80時間超の時間外労働が疑われる教員の層も一定数確認できるということです。
民間企業では、このような状態があれば、直ちに企業の責任が問われます。しかし学校では、これが「当たり前」とされている側面があるのです。
### 1-3. メンタルヘルス危機の深刻化
この過労状態の結果として、文部科学省が2023年12月に公表した「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」によると、教職員の精神疾患による休職者数は過去最多の6539人に達しました。
これは民間企業の同等の調査と比較して、極めて高い水準です。
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## Ⅱ.なぜ学校は「ブラック企業化」したのか
### 2-1. 歴史的背景:高度経済成長期からの継続
高度経済成長期やバブル期は、数年間こうした働き方が世の中でも多くなりました。しかし、それによって家庭崩壊など多くの問題が発生しました。
労働基準法や労働基準監督署などの働きもあり、世間は大きく働き方を変えました。**しかし学校の労働時間の規制に関しては、労働基準監督署の働きかけは目に見えていない**のです。
特に公立学校において、この改善の糸口は全く見えていません。
### 2-2. 「教員の聖職者化」という神話
教員が長時間働くことが正当化される背景には、「教育は聖職である」という神話があります。しかし心理学的には、**この「聖職者化」は教員のバーンアウンを加速させる**だけです。
心理学者クリスティーナ・マスラックの「バーンアウト理論」によると、使命感と現実のギャップが大きいほど、そして報酬(金銭的・心理的)が不十分なほど、バーンアウンは加速するのです。
### 2-3. 「部活動義務」という隠れたストレッサー
平日の放課後だけでなく、練習や大会の引率などで土日の出勤も珍しくない。文部科学省の教員勤務実態調査(22年度)によれば、中学校の教員が土日の部活動に関わる時間は1時間29分だった。前回調査の2時間10分からは40分減少したものの、大きな削減には至っていない
つまり、部活動改革は進んでいるものの、依然として土日の労働が常態化しているのです。
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## Ⅲ.長時間労働が生み出す「教員の人間力喪失」
### 3-1. 社会経験の喪失と視野狭窄化
体を壊して勤務ペースを考えるようになって初めて、多くの教員は「この環境が当たり前ではない」ことに気づきます。しかし、その気づきは**取り返しのつかない人生時間を失った後**なのです。
自分の人間力を高める時間もなく、経験を消耗するだけという状態では、教員としての専門性さえも発展しないのです。
### 3-2. 「家庭なし・子なし教員」の権力化
若手の頃なら、家庭もなく子どもも いないので、仕事を覚えるために残業手当が付いた上なら、ある程度の意味があったでしょう。
しかし、この働き方を数十年続けていて、体や心が壊れなければ、よほど丈夫か、神経がずぶといか、ちょっとおかしいか、のどれかです。
より深刻な問題は、**この「ずっと働き続ける」という働き方ができる教員(通常は家庭や子どもを持たない教員)が、学校の権力を握る傾向がある**ということです。
### 3-3. 「子どもに冷たい先生」が生まれるメカニズム
現実に、今、学校の先生が子どもに冷たいという批判を目にすることが増えています。ブラック校則という言葉も目にします。**それは実はこの無理な働き方と直結している**のです。
遅くまで残るのを是としている学校は、自ずから「家庭なし・子どもなし」の教員の発言力が強くなります。全体の流れで見れば、子どものミスに対する寛容性はなくなるのです。
心理学者ジョン・エクマンが研究した「共感疲労」(compassion fatigue)によると、自分の生活に余裕がない人間は、他者への共感能力が低下することが示されています。つまり、**教員が疲弊しているからこそ、子どもへの対応が冷たくなっているのです**。
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## Ⅳ.働き方改革がもたらす「人間力の回復」
### 4-1. 多様な生活背景を持つ教員の重要性
家庭を持たない、結婚していない、子どものいない教諭が全員子どもに冷たいと言っているわけではありません。何度も言いますが、「全体で」見れば子どもや保護者の気持ちがわからない教諭は多いでしょう。
同様に、家庭を持ち親である教員だってネグレクトの親もいるのだから、全員が良いと言っているわけではありません。何度も言いますが、「全体で」見れば子どもや親の気持ちがわかる教諭が多いでしょう。
**ここで問題なのは、「家庭や子どもを持たない教諭ばかりが学校の主導権を握るのはあまりにも偏っている」ということ**なのです。
### 4-2. 「多様性」としての家庭生活
学校はプレ社会です。そこには、いろんな生活スタイルの先生がいるべきです。しかし子どものロールモデルである以上、バランス良く、いろいろな教諭が共存して欲しいのです。
– 子育ての経験のある教員
– 地域活動を積極的にしている教員
– 自分の専門性を深める時間がある教員
– 社会人経験が豊富な教員
このような多様性が、子どもたちに「人生の複数の選択肢」を示すことができるのです。
### 4-3. 働き方改革による心理的効果
心理学者エドワード・デシとリチャード・ライアンの「自己決定理論」によると、**時間に余裕ができることで、人間は内発的動機づけを回復させ、より創造的で質の高い仕事ができるようになる**ことが示されています。
つまり、働き方改革は:
– 教員のメンタルヘルスを改善
– 教員の専門性を高める学習機会を増加
– 子どもたちへのより良い対応が可能に
– 学校全体の文化が人間的になる
という正のスパイラルを生み出すのです。
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## Ⅴ.親が期待できることと支援できること
### 5-1. 教員の多様な生活背景への理解
親が学校に期待すべきことは、**教員が人間らしい生活を送ることができる環境の構築**です。
それは、子どもたちにとっても最善なのです。
### 5-2. 「仕事と生活のバランス」への支援
時間外労働を極力減らし、すべての教職員が働ける環境を作ることが、そうした学校にするための絶対条件なのです。
親ができることは:
– 無理な時間帯への連絡を控える
– 学校での出来事に対して理性的に対応する
– 教員の働き方改革を支持する
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## Ⅵ.参考資料・出典
### 文部科学省公式調査
– 文部科学省「教員勤務実態調査(令和4年度)【速報値】について」(2024年)
– 文部科学省「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」(2023年12月公表)
### 研究報告
– 教育専門メディア「【2024年度版】教員の働き方改革が必要な理由」
– 東洋経済教育×ICT「教職員『精神疾患で休職』が過去最多の6539人、学校と企業の決定的な違い」(2024年1月)
– 東洋経済「『精神疾患で休職が過去最多』への対策急務、教員に燃え尽きが生じやすい訳」(2024年1月)
### 厚生労働省調査
– 厚生労働省「令和5年『労働安全衛生調査(実態調査)』」
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## まとめ|働き方改革は「教育の質向上」への必須条件
### 核心的メッセージ
「学校の先生は社会を知らない」という批判は、**教員個人の問題ではなく、制度的な問題**です。
社会に出る時間が与えられていないのに、社会を知ることを期待することは、不可能な要求なのです。
### 改革が実現すること
**【改革1】教員の人間力の回復**
– 家庭・育児・地域活動・専門性深化への時間確保
– 多様な人生経験を持つ教員の増加
**【改革2】教育の質の向上**
– 余裕がある教員による、より質の高い教育
– 子どもへの共感能力の回復
– 学校全体の人間的な雰囲気形成
**【改革3】子どもたちへの波及効果**
– 多様な人生観を持つ大人との関わり
– より包括的で温かい学校環境
– ロールモデルとしての複数の選択肢
### 最後のメッセージ
働き方改革は、単なる「労働条件の改善」ではなく、**「日本の教育の未来」に関わる重要な課題**です。
教員が人間らしい生活を取り戻すことで、初めて、子どもたちに対しても、人間らしい教育が提供できるようになるのです。
**「家庭や子どもを持たない教諭ばかりが学校の主導権を握る」という現状からの脱却こそが、教育現場に必要なのです。**
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