新学習指導要領全面実施の理念 ― 教師と子どもの対話が生む「深い学び」
1.混乱の時代に始まった「新しい教育」
世界が新型コロナウイルス対応に追われたあの時期、教育現場もまた未曾有の混乱の中にありました。生活の制限、孤立、ストレス、怒り──そのすべてが学校という小さな社会にも波及しました。そんな中で「新学習指導要領」の全面実施が、予定通り「始まったことになっている」というのは、ある意味で象徴的です。
しかし原文を丁寧に読み込むと、この新学習指導要領には、心理学的な理論と人間理解に基づいた深い理念が込められています。問題は、その理念が教育委員会や管理職を経由するうちに、枝葉だけが伝わり、本来の意図──すなわち「子どもが生きる力を自ら育てること」──が削ぎ落とされてしまっている点にあります。
2.新学習指導要領の本質 ― 「自ら学び、考え、行動する人」へ
文部科学省によれば、新学習指導要領は「変化の激しい社会をたくましく生き抜くために、自ら課題を見付け、自ら学び、考え、判断して行動し、幸せを実現していく人間の育成」を目指しています(出典:
文部科学省|新学習指導要領)。
教育の柱となる3観点は以下の通りです。
- ① 知識・技能 ― 学びの基礎となる確かな理解と技術
- ② 思考力・判断力・表現力 ― 学びをつなぎ、活用する力
- ③ 学びに向かう力・人間性 ― 主体的に学び続ける姿勢
この「3観点評価」は、単なる成績づけではなく、教師と生徒の対話によって支えられるべき仕組みです。にもかかわらず、現実には「評価の数合わせ」が先行し、学びの質が軽視されている学校も少なくありません。
3.誰のための「3観点・5段階」なのか?
日本社会には、「数値化されると安心する」傾向があります。しかし教育における数字は、あくまで道しるべであって、子どもの成長を語る言葉そのものではありません。「評定5」の生徒が、必ずしも深く学び、豊かに考えているとは限らないのです。
心理学的に言えば、人は「外発的動機づけ」だけでは長期的な学習意欲を維持できません。評価や記号よりも、具体的なフィードバックと対話が、自己効力感(self-efficacy)を育む鍵なのです。
たとえば「よくできたね」よりも「この部分の工夫がすばらしいね」と伝える方が、脳の報酬系を刺激し、意欲を継続させやすいことが知られています(参考:バンデューラの自己効力理論)。
4.評価は“即時・明確・納得可能”が鉄則
子どもの行為に対する評価は、できるだけ早く返すことが望ましいと心理学でも示されています。これはオペラント条件づけの原理に基づき、正の強化(positive reinforcement)を適切なタイミングで与えることで、学びへの意欲を高める効果があります。
たとえテスト結果の返却が遅れても、授業中のちょっとしたコメントや振り返りカードでフィードバックを与えるだけでも、子どものモチベーションは大きく変わります。半年後に評定をもらっても、それを「自分の成長の証」と感じるのは難しいのです。
5.最後に ― 教師と子どもの「双方向の学び」へ
「主体的・対話的で深い学び」とは、決して子どもだけに求められる姿勢ではありません。教師自身が教材と対話し、子どもとともに学び続ける姿勢を持つこと。それこそが新学習指導要領の真の精神です。
教育現場がデータと効率だけで動くと、心の交流が失われます。けれども、教師の一言が子どもの一生を変えることがある――その事実を、私たちは忘れてはいけません。
「主体的・対話的で深い学び」とは、評価方法ではなく、生き方のこと。その原点を取り戻すことが、今求められています。
(出典:文部科学省 新学習指導要領特設ページ)
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