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不登校の子どもを支える「待つ」ことの心理学的意義

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不登校の子どもを支える「待つ」ことの心理学的意義

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不登校の子どもを持つ保護者の多くが、「このまま待っていて本当に大丈夫なのか」という不安を抱えています。学校現場でも、教員が「何もしないことへの罪悪感」を感じながら、支援の方向性に悩むケースは少なくありません。

しかし、心理学的・発達的観点から見ると、「待つ」という行為は決して「何もしない」ことではなく、極めて積極的な支援なのです。本稿では、エビデンスに基づきながら、不登校支援における「待つ」ことの意義を多角的に考察します。

1. 心理的安全基地としての「待つ」姿勢

アタッチメント理論から見る「待つ」意義

ボウルビィ(Bowlby, J.)のアタッチメント理論によれば、子どもの健全な発達には「安全基地(secure base)」の存在が不可欠です。安全基地とは、子どもが不安や恐怖を感じたときに戻ることができる場所であり、そこから再び探索行動に出られる心理的拠点です。

不登校状態にある子どもにとって、家庭が安全基地として機能するためには、保護者が無条件の受容を示すことが重要です。「学校に行けなくても、あなたの存在価値は変わらない」というメッセージを、言葉だけでなく態度で示すことが、子どもの心理的回復の土台となります。

参考文献:
• Bowlby, J. (1988). A Secure Base: Parent-Child Attachment and Healthy Human Development. Basic Books.
• 遠藤利彦(2017)『アタッチメント:生涯にわたる絆』ミネルヴァ書房

2. 自己決定理論と内発的動機づけの回復

強制が生む心理的反発

デシ&ライアン(Deci & Ryan)の自己決定理論(Self-Determination Theory)によれば、人間の動機づけには「自律性」「有能感」「関係性」という3つの基本的心理欲求が関わっています。

不登校の子どもの多くは、学校生活の中でこれらの欲求が満たされず、心理的エネルギーが枯渇した状態にあります。この状態で「学校に行きなさい」という外的圧力をかけると、自律性がさらに脅かされ、心理的リアクタンス(抵抗)が生じます。

「待つ」ことは、子どもの自律性を尊重し、内発的動機づけが自然に回復するための時間と空間を提供します。

参考文献:
• Deci, E. L., & Ryan, R. M. (2000). The “what” and “why” of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychological Inquiry, 11(4), 227-268.
• 櫻井茂男(2019)『自ら学ぶ子ども:4つの心理的欲求を生かして学習意欲をはぐくむ』図書文化社

3. トラウマインフォームドケアの視点

見えない傷への配慮

近年、教育・福祉分野で注目されるトラウマインフォームドケア(Trauma-Informed Care)の観点から見ると、不登校の背景には様々な「見えない傷」が存在している可能性があります。

いじめ、学業不振、教師との関係、家庭環境など、子ども自身も言語化できない複合的なストレス要因が積み重なり、登校という行為自体がトラウマ的体験と結びついている場合があります。

このような状態で無理に登校を促すことは、再トラウマ化(re-traumatization)のリスクを高めます。「待つ」ことは、子どもの心理的・身体的安全を最優先する姿勢の表れです。

参考文献:
• 亀岡智美(2018)『子どものトラウマとプレイセラピー』日本評論社
• Harris, M., & Fallot, R. D. (2001). Using Trauma Theory to Design Service Systems. Jossey-Bass.

4. 発達心理学的視点:「モラトリアム」の意義

エリクソンの発達段階論から

エリクソン(Erikson, E. H.)の心理社会的発達理論では、青年期は「アイデンティティの確立 vs 役割の混乱」という発達課題に直面する時期とされています。

不登校という状態は、従来の役割や期待から一時的に離れ、心理的モラトリアム(猶予期間)を持つことで、自己を見つめ直す機会となり得ます。これは病理ではなく、発達プロセスの一部として理解することもできます。

「待つ」ことは、この内的な自己探索のプロセスを保障することでもあります。

参考文献:
• Erikson, E. H. (1968). Identity: Youth and Crisis. W. W. Norton & Company.
• 岡本祐子(2007)『アイデンティティ生涯発達論の射程』ミネルヴァ書房

5. アドラー心理学から見る「勇気づけ」

問題行動の背後にある「所属感の欠如」

アドラー心理学では、人間の行動は「所属感」と「貢献感」を求める動機から理解されます。不登校は、学校という共同体において所属感を感じられず、自己の価値を見出せなくなった状態と捉えることができます。

この視点に立てば、支援者(保護者・教員)の役割は、子どもが「ありのままで所属できる」という感覚を取り戻せるよう援助することです。「待つ」姿勢は、「学校に行く・行かないに関わらず、あなたは家族の一員であり、価値ある存在だ」というメッセージを伝えます。

「課題の分離」の重要性

アドラー心理学の重要概念である「課題の分離」は、不登校支援において極めて有用です。「学校に行くか行かないか」は最終的に子ども自身の課題であり、保護者や教員が無理にコントロールしようとすることは、かえって関係性を損ないます。

保護者ができるのは、子どもが自分の課題に向き合えるよう環境を整え、必要な支援を提供することです。これがまさに「待つ」という積極的支援の本質です。

参考文献:
• Adler, A. (1927). Understanding Human Nature. Greenberg Publisher.
• 岸見一郎・古賀史健(2013)『嫌われる勇気』ダイヤモンド社
• 野田俊作(2012)『アドラー心理学入門』KKベストセラーズ

6. 脳科学・神経科学からのエビデンス

ストレスと脳の発達

近年の神経科学研究により、慢性的なストレスが脳の発達に与える影響が明らかになっています。特に、扁桃体(恐怖や不安を処理)の過活動と、前頭前野(理性的判断を司る)の機能低下が指摘されています。

不登校状態にある子どもの脳は、いわば「戦闘モード」にあり、新しい学習や適応的行動を取ることが困難です。この状態から回復するには、安全な環境での十分な休息と、ストレスホルモン(コルチゾール)レベルの正常化が必要です。

「待つ」ことは、脳の生理学的回復プロセスを支援することでもあります。

参考文献:
• Van der Kolk, B. (2014). The Body Keeps the Score: Brain, Mind, and Body in the Healing of Trauma. Viking.
• 友田明美(2017)『子どもの脳を傷つける親たち』NHK出版

7. 実践的提言:「待つ」を支える具体的方法

保護者ができる「積極的な待ち方」

  1. 日常の小さな会話を大切にする
    学校のことを問い詰めず、日常の他愛もない会話を通じて関係性を維持します。
  2. 家庭での役割を持ってもらう
    料理の手伝い、ペットの世話など、小さな貢献の機会を作り、自己有用感を育みます。
  3. 子どもの興味・関心を尊重する
    ゲーム、YouTube、読書など、子どもが夢中になれることを否定せず、そこから対話の糸口を見つけます。
  4. 保護者自身のケアを怠らない
    不登校は保護者にとっても大きなストレスです。カウンセリングや親の会などで、自分自身の心理的健康を保ちましょう。

教員ができる「学校との緩やかなつながり」

  1. 定期的な家庭訪問(プレッシャーをかけない形で)
    「待っているよ」というメッセージを届け続けます。
  2. 別室登校やオンライン参加など、柔軟な選択肢の提示
    「教室復帰」だけが目標ではなく、多様な学びの形を認めます。
  3. クラスメイトとの関係維持支援
    友人からの手紙やメッセージなど、peer supportを活用します。
  4. 校内支援体制の構築
    SC(スクールカウンセラー)、SSW(スクールソーシャルワーカー)、特別支援コーディネーターなど、チームでの支援を心がけます。

8. 「待つ」ことの哲学的意味:ハイデガーとレヴィナス

存在への畏敬

哲学者ハイデガー(Heidegger, M.)は、人間存在の本質を「時間性」との関わりで理解しました。不登校の子どもは、社会が求める「標準的な時間軸」から外れていますが、それはその子独自の実存的時間を生きているとも言えます。

「待つ」ことは、他者の時間性を尊重し、存在そのものへの畏敬を示す行為です。

他者への倫理的応答

レヴィナス(Levinas, E.)は、他者の「顔」に応答する倫理的責任を説きました。不登校の子どもの苦悩に満ちた「顔」に対して、私たちができる最初の応答は、その苦しみを無条件に受け止めること、すなわち「待つ」ことかもしれません。

性急な解決を求めず、他者の他者性を尊重する姿勢こそが、真の支援の出発点となります。

参考文献:
• Heidegger, M. (1927). Being and Time. Harper & Row.
• Levinas, E. (1961). Totality and Infinity. Duquesne University Press.
• 熊野純彦(2013)『レヴィナス入門』ちくま新書

結びに:「待つ」勇気を持つために

不登校支援における「待つ」という行為は、無策や放置ではなく、子どもの回復力(レジリエンス)を信じる積極的選択です。

心理学、発達科学、脳科学、そして哲学の知見は、いずれも「待つ」ことの意義を支持しています。もちろん、完全な放任ではなく、子どもの安全を確保し、必要な専門的支援につなぎながら、その子のペースを尊重するという姿勢が重要です。

保護者の皆様、教員の皆様、どうか焦らず、自分自身も労わりながら、子どもたちの内なる力が芽吹くのを、希望を持って待ちましょう。

【筆者紹介】

公認心理師・学校心理士として、長年にわたり学校現場で子どもたちと向き合ってきた経験を持つ。アドラー心理学をベースとした「勇気づけ」の実践者として、教員・保護者向けの研修も多数実施。

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